ヘブライ文学新時代の背景
現代ヘブライ文学の歴史は19世紀より始まります。それまでヘブライ語は聖書(旧約)の言語として宗教目的、また学問目的でユダヤ人に使われ続けていました。ユダヤ人はヘブライ語で聖書を読んで祈っていましたが、一方で世俗的な日常生活においては、自分たちが住んでいる土地毎の言語を用いていたのです。彼らはまたユダヤ教の律法注解や哲学書、また神秘主義の書を書き記すためにもヘブライ語を用い、時に文学作品を残しました。例えばスペインと南フランスでは、主に10世紀から12世紀にかけて、世俗的な詩(恋愛やワインを題材にした詩など)がアラブの詩の様式に倣って書かれました(この時期はスペインにおけるユダヤ人の黄金期として知られています)。イタリアではルネサンス期の間、ヘブライ語の作家や詩人が、十四行詩(ソネット)を含む幾つかの外国文学の形式を取り入れました。しかし日常生活でヘブライ語が使われる場所はほとんどなかったために、その日常用語としての柔軟な部分や、豊かな語彙を失ったのです。
18世紀後半より19世紀初期にかけての時代から、西ヨーロッパのユダヤ人の生活にはある変化が起こりました。啓蒙主義思想は徐々に、ユダヤ人を貧民街から解放し、キリスト教社会にとけ込む自由を与えたのです。このことによって彼らは現代的で世俗的な知識を得るようになり、また国民性というものを身につけることができるようになりました。そしてキリスト教社会に同化することを好むユダヤ人がいた一方で、ユダヤ人という自己認識を維持しながら、新しい考え方や近代科学を通してその認識を現代化する道を選んだユダヤ人もいたのです。彼らの努力はハスカラー、或いはユダヤ啓蒙運動として知られるようになりました。その間、文学作品や科学書がヨーロッパの言語からヘブライ語に翻訳され、また詩、続いて特に外国の小説や短編集に見られる形式を用いた独自のヘブライ文学も著されました。ここにおいてヘブライ語は、文法的に柔軟な言語としての復興と、多くの新しい表現や単語の吸収或いは創作が求められたのです。そして19世紀の後半にはシオニズムが、またそれに伴ってパレスチナでは新しいユダヤ人共同体が誕生し、日常会話の言語としてのヘブライ語が復興しました。ヘブライ語による執筆活動の中心地はまず西ヨーロッパから東ヨーロッパ(ロシア、ポーランド)へ移ったのですが、その後徐々にパレスチナへと移りました。二つの世界大戦の間には、ヘブライ文学の中心地はまだヨーロッパにありましたが、そのほとんどはホロコーストによって壊滅させられたのです。その後ヘブライ文学の拠点はイスラエルとなり、そこ以外にはヘブライ語で執筆する作家がほとんどいなくなりました。
20世紀の文学
実際のヘブライ文学の草分けはハスカラーの文学なのですが、それはすぐに時代遅れで限定的なものと見なされるようになりました。現代ヘブライ文学の本当の出発点と見なされているのは、詩人Hayim Nachman Bialik(1873-1934)の作品です。彼は国民意識の覚醒を求めるその激しい詩の為に、「愛国詩人」というあだ名で呼ばれた人物です。しかしながら、彼はまた偉大な抒情詩人でもあり、その恋愛や個人を題材にした詩は今日に至るまで高く賞賛されています。また彼と同時代の偉大な詩人としてShaul Tchernichovsky (1875-1943)が挙げられます。彼らは二人ともロシアで活躍し、その後テル=アビブに移った人物ですが、数世代に渡って後世の詩人にとっての模範となり、そのそれぞれの世代がヘブライ詩に新しい形態をもたらし、広げていったのです。次の世代で主要な人物の一人として挙げられるのはNathan Alterman (1910-1970)であり、彼もまた今日に至るまで最も偉大なヘブライ詩人として賞賛されています。またその詩が多くの言語に翻訳されて、世界的に認知された人物としてはYehuda Amichai (1924-2000)が挙げられます。こういった詩人は頻繁に散文や戯曲を著し、詩の他にも戯曲といった他分野の作品をヘブライ語に翻訳しました。そうやってその言語としての可能性は豊かなものとなり、広がっていったのです。
現代ヘブライ小説と短編集に関する主要な人物としてまず挙げられるのは、イディシュ語とヘブライ語の両方で作品を残したMendele Mocher Sforim (本名はSholem Yakov Abramovich, 1836-1917)です。彼は才能豊かな作家たちに師事しましたが、その内の何人かはUri Nissan Gnessin (1879-1913)やYosef Hayim Brenner (1881-1921)といった、若くして亡くなった人物です。それらの作家はしばしば国家に関わる問題やユダヤ文化復興という希望に心を奪われていましたが、その作品の主題はまた愛や個人的な願望といった一般的なものでした。そのように、言語としての可能性を徐々に広げるにしたがって、ヘブライ文学の言語は豊かな、深みのあるものへとなっていったのです。
20世紀を代表するヘブライ文学者はShmuel Yosef Agnon (1887-1970)であり、彼は今までにノーベル文学賞を受賞した(1966年)、唯一のヘブライ語作家です。Agnonは、出生地であるガリツィア、第一次世界大戦を過ごす場所となったドイツ、そして生涯の大半を過ごしたパレスチナとイスラエルを背景に、小説や短編集を著しました。彼の作品はしばしば伝統的なユダヤ教と現代世界との間にある葛藤を取り扱いますが、偉大な芸術家として、また優れた小説家として、普遍的な訴えをその作品の中に備えています。
他にも現代ヘブライ文学の中には、翻訳によって広く世界に読者層を持つ何人かの作家がいます。例えばAvraham B. Yehoshua (1936-)や Amoz Oz (1939-) 、またDavid Grossman (1954-)などはフィクション作家としてだけではなく、政治や道徳の問題を取り扱う作家として尊敬を集めています。彼らはよくイスラエルとアラブとの衝突の和平的解決への支持を論説やインタビューの中で表明しており、また他の時事問題についても意見を述べます。
要するに、現代ヘブライ文学の誕生はある種の奇跡と見ることができるのです。まずそれは、自分たちの祖国となる国を持っていない人々の手で何世紀にも渡って、国民意識の形成や日常生活での使用を目的とはしていない言語によって著されました。そしてそれは数千の作家と数百万の読者によって、成熟した文学となって徐々にその成長と発展を遂げたのです。イスラエルは世界において最も本の生産速度の速い国の一つであり、多くの文学(詩、散文、戯曲、随筆等)がはじめからヘブライ語で書かれています。現在それらの本の多くが様々な外国語に翻訳され続けており、我々はヘブライ文学のその独特な成功の過程を見ることができます。
図書目録
The Penguin Book of Hebrew Verse, Edited and Translated by T. Carmy (Penguin, 1981)
The Modern Hebrew Poem Itself, A new and updated edition, Edited by Stanley Burnshaw et. al., (Wayne State University Press, 2003)
Modern Hebrew Literature, Introduction and notes by Robert Alter (Behrman House, 1975)
Modern Hebrew Fiction, Gershon Shaked, Translated from the Hebrew by Yael Lotan (Indiana University Press, 2000)
ジョン・スタインベック ; シュムエル・ヨセフ・アグノン / 大橋吉之輔[ほか]訳東京 : 主婦の友社 , 1971.9 ノーベル賞文学全集15
イスラエルに生きる人々 / アモス・オズ著 ; 千本健一郎訳 東京 : 晶文社 , 1985.7
わたしのミハエル / アモス・オズ著 ; 村田靖子訳 東京 : 角川書店 , 1977.10
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